新宿『ラメール・ド・ラメール』

青…

ピカソには「青の時代」と呼ばれる時期がありました

青色を基調にした作品を描いていた時代

生涯で二万点以上の作品を残しているピカソ

3年という短い間の「青の時代」も、狂ったように青色のみで描き続け、次々と傑作を残していきました

しかし、どれも悲しい作品
もともと西洋美術において「青」は、「神の色」と呼ばれた「高貴な色」

ピカソは、ある悲しい出来事をきっかけに青の時代に入っていったという理由もありますが、実は根底にあった「青」という色の悲壮感が、「悲しい」という気持ちを増長させていたのかもしれません

まだ写実的な絵画を描いていた時代の若き日のピカソ

しかし、「神の色」を使い、いままでにない表現をするピカソの「常識を破る才能」は、この時から始まっていたと思います

その数十年後、
「ヤマガタブルー」
という、鮮やかで爽やかな青を使う絵描きが登場しました

日本から彼女を追いかけ、ヨーロッパに渡ったのは、ヒロ・ヤマガタが23才の頃
結局、彼女にフラれてしまったのですが、彼女のために買っておいた日本行きのチケットを売り、そのお金を全て画材に変え、パリの街やそこに住む人々を、ユターリマターリ、そしてガムシャラに描いていきます

10年後、ヨーロッパからロサンゼルスに移住したヒロ・ヤマガタは、西海岸の突き抜けた青空に感化され、素晴らしい青を使う作品を発表しました

その作品が「ペリエ」

初めてこの作品を観た時、僕はあまりの衝撃に、20分間動けませんでした

このヒロ・ヤマガタの絵は、僕が絵を描くきっかけになった思い出の作品でもあり、ピカソはサラリーマンだった僕をスペインへと導きました

1年間のヨーロッパ放浪の旅で出逢った数々の絵画

バルセロナで観たピカソの「青の時代」

1年の大半をスペインで過ごし、日本料理店で皿洗いをしながら、僕の「青」への追求はこの時から始まったと言えるでしょう

カンディンスキーの「青騎士」や映画での「キタノブルー」など、「青」に関連する芸術作品は多い
ももクロちゃんのブルーは脱退しちゃいましたが…

23才の時に受けた衝撃が、こんなおっつぁんになった僕の目の前に再び現れました

その「青」はとても静かで神々しい

しかし、1つでも欠けてしまったら、全てが崩れ落ちそうな繊細な「青」

部屋全体が呼吸をしているような錯覚におちいる水槽の音

深海で何千年もひっそりと暮らす魚のように、息を殺し耳をすます

心に響いてくる静かな波動は、空を流れる雲のよう

七つの海からの贈り物の女神は、静かな波に揺られる人魚のように、透き通った「青」の中で優しく微笑んでいました

……

様々な色彩のネオンがまぶしい新宿の街を、青一色で描いてみる

そこに描き出された景色には、キラびやかさに隠された一人一人の

「哀」と「愛」が、キャンバスに広がる「青」からにじみ出ていました

新宿「ラメール・ド・ラメール」

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